2010年 02月 05日
明日に迫ったイベントLRAJ2010。
主催者の一人、藤村氏と比較的近い立場で彼の熱意を感じている筆者も、今年のイベントには期待している。し、裏方として参加予定である。
成功の一助になればと想い、観客の事前リテラシー上昇に寄与することと自分自身の思考の整理も兼ね、本稿を記すことにしよう。
<藤村氏からの提示読書リストのまとめ>
・思想地図vol.3藤村論文
不純物の投入を純化作業として組み込む=超線形設計プロセス
・ANY 白本巻頭論文
形式が垣間見えること=日本的さび=形式の純度が保たれていること
形式としてのデミウルゴス、形式至上主義=磯崎新
・空間へ
プロセスプランニング論=可能性洗い出すプロセス=外部化するとプロセスの開示=切断をなくすとウェブシステムのプロセス
・思想地図vol.3巻頭シンポジウム
ウェブ⇔建築の決定的な差異=切断の有無。
(60s建築→ウェブ)
パタンランゲージは理論構築として(形式、メタ)としては有効ではあるが切断には不向き=ウェブには向いている⇔アジャイルソフトウェア開発
(ウェブ→ゼロ年代後期建築界)
建築をウェブに近づける→建築における切断を無効化する=超線形設計プロセス(プラクティカル)、プロセスプランニング論(メタ)
濱野氏の立場=切断のないウェブで実験して現実に切断のないように投入したらいい。
基本的な構図=
年寄りはそんなことは昔から言われている、煮詰まっている攻撃。
いやいや実際にウェブがあるかないかの差異はでかいので、有効に使いましょう。という若手。
<議論予測>
[アーキテクチャを建築へ]
「アーキテクチャ」という言葉は間違いなくたくさん頻発するであろう。それを建築へどのように有効に投入するか、が焦点となるはずである。
建築の主なプロセスは
1.亀裂発見→2.形式生成→3.社会性投入→4.身体性投入
と表される。もちろん、こんなに明確にそれぞれのフェーズが分かれているワケではないし、それぞれはもっと密接に関係しているし、順番も入れ替わる。
それぞれにアーキテクチャを足してみよう。
・亀裂の発見+アーキテクチャ=ランダムネス
→藤本壮介、セシルバルモンド
・形式生成+アーキテクチャ=自動生成フニャフニャ幾何学アルゴリズミックデザイン(意思の排除、形式(言語)純化作業)
→柄沢祐輔、磯崎新、酒井、中山英之(振る舞いとして)、松川昌平
・社会性投入+アーキテクチャ=プロセスの開示(意思の排除、実現可能性担保=不純物投入作業)
→藤村龍至、dot、古谷誠章、連勇太郎、東浩紀(一般意思2.0)
・身体性+アーキテクチャ=環境管理型(意思の排除)
→東浩紀、建築界からの実効的提案は筆者はまだ知らない
[LRAJ2010での展望というか期待]
意識的に各フェーズごとにゲストが設定されているので、見せるべきは1-4の相互関係に尽きる。
今はそれぞれが独立して完結している。アーキテクチャの概念によってカテゴライズは出来るが。そこで止まっている。ここまでウェブ概念を相対化出来てきたのであれば、相互にどのような関係性を担保できるのかを議論して欲しい。そして我々に、アーキテクチャを建築へ投入することの可能性を見せて欲しい。既に相対化は終わっている。
例えば、すべてのフェーズにおいてアーキテクチャを投入するとどのような具体的良いことがあるのかを提示するだとか。
セシル+磯崎+藤村+東=?の具体的な可能性まで見せて欲しいですね。少なくともTEAM ROUNDABOUTはそれを意識しているはずなので、観客もそこら辺を期待値として持っておくと基準として楽しめそうである。
個人的には、なぜアーキテクチャを投入したいのか、そこを知りたい。どんな可能性を見ているのかはだいたいわかっているつもりなのだけど、なぜその可能性を見ているのかはよくわからない。
そこにコンピュータシステムの台頭があったから、現代性を表しているから、という一般的な理由ではなく、建築界あるいは社会全体が「ウェブに頼っている」のは何故か、そこまで煮詰めていただきたい。
要するに、当然ではあるが、アーキテクチャという形式に対する、亀裂の理由と最終成果物を知りたいのである。
主催者の一人、藤村氏と比較的近い立場で彼の熱意を感じている筆者も、今年のイベントには期待している。し、裏方として参加予定である。
成功の一助になればと想い、観客の事前リテラシー上昇に寄与することと自分自身の思考の整理も兼ね、本稿を記すことにしよう。
<藤村氏からの提示読書リストのまとめ>
・思想地図vol.3藤村論文
不純物の投入を純化作業として組み込む=超線形設計プロセス
・ANY 白本巻頭論文
形式が垣間見えること=日本的さび=形式の純度が保たれていること
形式としてのデミウルゴス、形式至上主義=磯崎新
・空間へ
プロセスプランニング論=可能性洗い出すプロセス=外部化するとプロセスの開示=切断をなくすとウェブシステムのプロセス
・思想地図vol.3巻頭シンポジウム
ウェブ⇔建築の決定的な差異=切断の有無。
(60s建築→ウェブ)
パタンランゲージは理論構築として(形式、メタ)としては有効ではあるが切断には不向き=ウェブには向いている⇔アジャイルソフトウェア開発
(ウェブ→ゼロ年代後期建築界)
建築をウェブに近づける→建築における切断を無効化する=超線形設計プロセス(プラクティカル)、プロセスプランニング論(メタ)
濱野氏の立場=切断のないウェブで実験して現実に切断のないように投入したらいい。
基本的な構図=
年寄りはそんなことは昔から言われている、煮詰まっている攻撃。
いやいや実際にウェブがあるかないかの差異はでかいので、有効に使いましょう。という若手。
<議論予測>
[アーキテクチャを建築へ]
「アーキテクチャ」という言葉は間違いなくたくさん頻発するであろう。それを建築へどのように有効に投入するか、が焦点となるはずである。
建築の主なプロセスは
1.亀裂発見→2.形式生成→3.社会性投入→4.身体性投入
と表される。もちろん、こんなに明確にそれぞれのフェーズが分かれているワケではないし、それぞれはもっと密接に関係しているし、順番も入れ替わる。
それぞれにアーキテクチャを足してみよう。
・亀裂の発見+アーキテクチャ=ランダムネス
→藤本壮介、セシルバルモンド
・形式生成+アーキテクチャ=自動生成フニャフニャ幾何学アルゴリズミックデザイン(意思の排除、形式(言語)純化作業)
→柄沢祐輔、磯崎新、酒井、中山英之(振る舞いとして)、松川昌平
・社会性投入+アーキテクチャ=プロセスの開示(意思の排除、実現可能性担保=不純物投入作業)
→藤村龍至、dot、古谷誠章、連勇太郎、東浩紀(一般意思2.0)
・身体性+アーキテクチャ=環境管理型(意思の排除)
→東浩紀、建築界からの実効的提案は筆者はまだ知らない
[LRAJ2010での展望というか期待]
意識的に各フェーズごとにゲストが設定されているので、見せるべきは1-4の相互関係に尽きる。
今はそれぞれが独立して完結している。アーキテクチャの概念によってカテゴライズは出来るが。そこで止まっている。ここまでウェブ概念を相対化出来てきたのであれば、相互にどのような関係性を担保できるのかを議論して欲しい。そして我々に、アーキテクチャを建築へ投入することの可能性を見せて欲しい。既に相対化は終わっている。
例えば、すべてのフェーズにおいてアーキテクチャを投入するとどのような具体的良いことがあるのかを提示するだとか。
セシル+磯崎+藤村+東=?の具体的な可能性まで見せて欲しいですね。少なくともTEAM ROUNDABOUTはそれを意識しているはずなので、観客もそこら辺を期待値として持っておくと基準として楽しめそうである。
個人的には、なぜアーキテクチャを投入したいのか、そこを知りたい。どんな可能性を見ているのかはだいたいわかっているつもりなのだけど、なぜその可能性を見ているのかはよくわからない。
そこにコンピュータシステムの台頭があったから、現代性を表しているから、という一般的な理由ではなく、建築界あるいは社会全体が「ウェブに頼っている」のは何故か、そこまで煮詰めていただきたい。
要するに、当然ではあるが、アーキテクチャという形式に対する、亀裂の理由と最終成果物を知りたいのである。

