2009年 11月 09日
Architecture After 1995展 シンポジウムA 「2000年以後を考える」レポート |
Architecture After 1995展
シンポジウムA 「2000年以後を考える」
と題して行われたシンポジウム。Architecture After 1995展との連動企画で、ワークショップで作られた239?個の模型を前にして議論がなされた。
企画の趣旨としては世代論を意識させるため、2000年にギャラリー間で行われた「空間から状況へ」展を参照し、ゲストコメンテータに当時そのナビゲータを務めた五十嵐太郎氏を迎え、プレゼンテータには本展示にも出展しているdot architects、SPACESPACE、木村松本、垣内光司の4組が招聘された。
「空間から状況へ」展との分かりやすい比較として、参加者の世代を挙げ、
「空間から状況へ」
最年長:マニュエル・タルディッツ(みかんぐみ)(当時41)
最年少:貝島桃代(アトリエ・ワン)(当時31)
ナビゲータ:五十嵐太郎(当時33)
「AA95」
最年長:乾久美子(41)
最年少:すいません、フォローミス(31)
ナビゲータ:藤村龍至(33)
と、10年という歳月を経て、再び同じ年代が活動を仕掛けたとして、世代論と時代性を意識させる。ところから開始。
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以下プレゼン。
<dot architects>
多種多様な世界が魅力的だという言葉から始まり、
阪神大震災経験、廃墟ではなくコミュニケーション、緩いルールが印象に残り、
複数の主体で設計すること、コミュニーションを結びつけることがテーマとなっている。と述べる。
その中で、コンセプト=物事の差異を省いた共通言語が本来の意味であるが、そうではなく、差異を受け止める受け皿のようなコンセプトで建築を作るということを考え出した。と。
最初に抽象論を決定(form)
formとchaos
カオスが部分、反応
(筆者読解)
これはメタボ的ですね。カオスが可変、コミュニーション自体フォームは不変、受け皿。ただ、他者という視点がもっと直接的にカオスに反映されているし、フォーム自体の作り方にも(3人で決めているので)、他者的主観性が入り込んでいるが。
部分の単純な総和に留まらない全体を目指したとして、締めくくる。
<SPACESPACE>
2006独立
human scapeがテーマ。
<熊本駅西口駅前広場>
コンテクスト;
東が表、西口が裏、スモールスケール
人があまりいない
新幹線が西口に計画→熊本に来て最初に目がいく
解答:
小刻みなプログラムが駐車場周辺に張り付く、疑似路地の創出、いろいろな形の小屋、鉄板で。
葉っぱ型の屋根はサンドイッチパネル。
タクシーの列をレイアウトする、渦巻き白線によって人が並ぶときのデザインと風景を両立させる。ことを意図した。
地方で人が閑散とした状況をなんとかしないと。人がいてもいなくても風景になるデザイン。
<木村松本>
2003年独立。
全く二人で考える。分業しない。思考を共有し続けること。鏡のような存在である。とまずユニット二人の関係を説明。
今までなかったもの、新しいものではなく、その場所はずっと前からあって、無関係から関係を作り出すというスタートがあるらしい。
他人の屋上には入れないが、その屋上の光景を想像させることは可能である、他人の場所を経験させる。懐の深い建築を考えている。
その感覚は共有可能でなければいけない→それを追求していくと、実際と編集の差がなくなる。時間や距離を横断することが可能になるのではないか。→さらに、それは自分だけの地図を作ることへ発展し→それををみんなが持っていたらどうなるのかを考えると、私性から作り出される重層的な風景は確かにある→であるから、無駄なものは一つもないのである。すべてを許容できる経験を誘発したい。らしいです。
<つつじ>
郊外住宅地に建つ住宅。
周囲とほぼ変わらない外形を平面を5度くらい振る、内壁は既存グリッドに平行させる。
もの自体が存在を延長しあっている中にたまたま自分たちが入り込む感覚。を誘発したい。とのこと。
<垣内光司>
彼だけ一人で事務所を立ち上げている。一人だ。逆に新鮮。
<コ・ハナレ>
8平米のハナレ
キーワード
・状況の変化
・身体性
・つながること
以下、反応したこと
・敷地:母屋離れの逆側
・傾斜30度
・森と鳥居、しっかりとした構築物が連続することによって森と対峙する環境を目指した。
・30度に対して門型のフレームが連続。+壁屋根床
・クライアントによる自主施工が前提→20本くらいから4本脚へ
・土地の状況に合わせチューブから箱形へ
・床の断熱は寒くなったらクライアントが張る。
・風致計画から、違法気味なので一つのものでもう一度考えられる。
中庭増築計画。
<展覧会という状況に対し>
身体性=小ささ。小さいことを強調するためにスケールを他の出展作品と合わせたものをいくつか用意し、他の模型と比較させる。
自分の作品を説明しようとしてたら、dotの超並列に参加してしまった。笑
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以下、座談会。
まず藤村氏まとめ。
プレゼ並び順は人数、神戸大阪京都
<キーワード>
dot:超並列
space:ヒューマン
木村松本:編集的な経験
垣内:小さいこと/つながり(メタ超並列)
<空間から展の説明>
巻頭論文:「状況」と「適用」
3つの指摘
1.1960sシチュアシオニストとの比較
2.ユニット派
3.分かりやすく非コンピュータ的
1)シチュアシオニストとの比較
A.消費社会批判、日常生活に置ける状況の構築
B,過激な革命
C.漂流と転用
⇔
A.状況:ex:アトワン
B.古い建築家像を否定ex:FOB
C.資本主義を基本的に肯定ex:みかんぐみ
2)ユニット派
飯島洋一「崩壊の後で」2000.8/JT
アトワン、建築少年、みかんぐみを批判、1995
→五十嵐氏はユニットは世界的にもなされており、ポモ乗り越え運動とも捉えられると擁護。
3)わかりやすく、、、
展覧会のメディアのあり方に高い意識
コンピュータを表現の核にしない、notサイバーアーキテクチャ
都市への介入、西沢環境をリテラルに読み替える
⇔
アプロプリエイト(適用)という言葉を抽出。
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続いて五十嵐氏。まず総評。
全体としてプロセスが語られている。やはり。
<並列且つ有関係性>
割と同時にいろんなものが並んでいてそれらが関係し合っているという世界観を共有。周りにある環境と等価にある。ということを気にする。
⇔ヴェニスの石上、植物や家具や食器を一つ動かすと同時に連携して全体が変わって行く。
空間から状況展、をより追求していた感。
<非コンピュータ的の補足>
=コンピュータがアトリエにも普及したことを強調。
90sサイバーA流行。実際当時はそれが主流。
コンピュータを使いこなしていそうだったけど、実際はそうでもなかったという印象。
画面の中での追求(サイバー)とポモ乗り越えが分離→00年代超えて再融合したのが藤村世代なのでは。という興味深い分析。
<展覧会における主体性>
ギャラ間15周年記念と決定的に違うのは主体性。AA1995は主体的。
ギャラ間は予算も期間も限られていた。実際企画の途中から参加。企画自体はだいたい決まっていた。これやって建築批評に引きづり込まれた。巻き込まれた。受動的。TOTO役員とコミッティ(あんただとか)、上層部との乖離が進んでいる証拠?ぎりぎり藤本フォローくらいで、上の人たちは下の人を知らない。
あと、aa1995は模型は短い時間で大量に。RAJ的。
環境が恵まれていないので自分たちで作るしかないという状況は決定的に違う。とまとめ、一区切り。
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続いて、それに対し藤村氏が補足。
藤村:
・環境コンシャスな立場、並列且つ有関係性
・非コンピュータからコンピュータ(形態→00年代→プロセス)
・展覧会の成立状況
垣内→状況に反応する、展覧会の状況に反応する(空間展でも言われている)、そのときよりも身体性、(ペットアーキテクチャ)にたいし、小さいものを展覧会で作ると大きくなってしまう
spacespace→室内風景論(西沢大良)
dot→みかんぐみ非作家性
と空間展との対応を指摘。
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再び五十嵐氏。プレゼンテータへのコメント。
dotとみかんぐみ。
みかんぐみ、非作家性の時代
建築は作家性が必要であったが、(バブル時代の反応)作家性がでないもの、普通、日常的なものを目指した。たくさんの条件を飲み込むだけで非作家性に。変数が少ないと作家的になる。が、その話はわかるけど、具体的なプロセスはよくわからなかった。
それを具体化したのが、藤村dot。ルールと言語。である。という解釈を提示。
ただ、今回のaa1995展で思ったことは、小さなスペースで方法論を作動させるのは難しい。つまり、共有言語を外部化するのは難しい。とのこと。
特に、西沢立衛の展示は一瞬からっからで衝撃的だった。らしい。遠目でみると何もない。ホワイトキューブにも差異があるよというメッセージ。見えない環境を可視化。微細なランドスケープを顕在化。見過ごしてしまうような細かい要素を言語化して条件化しよう。
世界の観察の仕方の提示。という意味で衝撃的であった。
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また、<00年代>についても言及し、
繰り返すが、空間展はタイトルも参加建築家も決定済みだった。
それを整理してくれ。と頼まれた。だけであると。
2週間ごとに5セット入れ替わるので、2ヶ月半通しての共通展示も、全体把握として必要であった。
よって「都市への介入」という広いキーワードを設定した。
当時は都市に対してそれぞれの方法で提案していた。
また、バブルの直後で、オブジェ指向が強かった。(M2、フィリップスタルク浅草)彫刻的、アート的なものを否定し、
→95以後、違うものを模索した時代であった。
都市に対して強い衝撃を与えるよりは、例えばVoidへの意識(アトワン)や、
既存のものに手を加え関係性をつなげる、みかんぐみ、宮本(メタ的→垣内)
という文脈が主流になった時代であった。と振り返った。
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続いて、藤村氏がそれぞれのプレゼンテータに対し、「空間から」との比較を要求。
家成:
みかんぐみとの関係
非作家性であり、力強い造形を作り出したい。オーセンティックな作家性は求めないけど建築の強度は求める
spacespace:
塚本の影響
プロセスに困った。2週間短期間コンペ。ほぼコンピュータ。ものとしては残っていない。コンピュータ的にやってた。
←藤村フォロー:うずまき身体性を拘束するアーキテクチャをポジティブデザインソースとする。空間から状況のときはあまりソーユー感じはなかったのでは
木村:
世界の観察の仕方
周りとの並列関係のなかでの展示は悪くない。
コンテクストを読み込むことは受け継いでいる。
垣内:
塚本批判から宮本を引き継いでいるのか、宮本に見いだされた、宮本さんには強烈な作家性がある、作家性があるとは思えないので、状況に対してリアクションするか、筋トレ、やり続けることが大事。非強度的強度。
藤村:
メディアにより接続したい、ブログと雑誌をつなげたい。2008年にはよく来てくれたが、2009年になったら雑誌社のライターが来なくなった。書籍ばっか。広告収入のスポンサーの移行(ビッグネーム、環境、わかりやすいキーワード)が原因である。が、ブログという個人メディアを駆使すれば違う形でのメディアの力を創造できる。のでは。
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<鈴木氏感想>
2000以後という枠組み
つながるとうれしいってのが出てきたのが00年代。携帯のcm、じゃあ会いにいけよ、人とつながること自体がうれしくなった。そのためにわざわざ断絶を用意してきた。
断絶のあとでつながり。
そんな中、コミュニケーションのプロセスが変化しているのにも関わらず、0か1。
そうではなく、コミュニケーションはもともとあったじゃないか、ということをプロセスに介入することで明らかにする的な。ことが分かってきた。といった感じか。
筆者追いつけませんでした。
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<五十嵐氏まとめ>
建築はもっとも遅いテクノロジー、古代の形式が今でも使える。
情報環境の読み替え、適用等、新しい状況をわかりやすく反映できるんだが、そうは言っても、実際はものとしてどうしようもなくは立ち上がってしまう。ただ、比喩として「つながっているようで離れている」空間は、藤本平田がやっている。
「原理」(プリンシパル)と「現象」(その場でしか知覚し得ない、もの)に対する興味が目立った。
展示の方法としては中山君は相当不気味。あのスケッチを床置きとは。彼の展示方法はおもろしろい。
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<ラスト藤村氏>
つくることにピントが合っているという意味で、「設計」が大事。あとはメディアに対する運動。運動としての展示会。観客のみなさんが建築家になって「発表」しだすころはもっと展示のための箱がなくなっていくだろう。これまでは東京にメディアが集中していたが、今は個人メディアの対等もあり、運動を立ち上げたもん勝ちである。とにかく運動を立ち上げて巻き込む。というモデルを提示したつもりである。
というわけで、「設計」と「運動」というキーワードで議論をまとめた。
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<感想>
単純に、共感出来る思想(並列的関係性、状況に反応するなど)が多く、時代性なのか、と。
それにしても、相対化する時代、歴史が短くなっているのは気のせいなのか。10年前は既に歴史として捉えられている。
ちなみに、自分の実感を持てる過去は今のところ95年までである。それ以前は全くわからない。95年までは地続き。
そういう時代性を強く意識させてくれたのは非常に有り難い。
シンポジウムA 「2000年以後を考える」
と題して行われたシンポジウム。Architecture After 1995展との連動企画で、ワークショップで作られた239?個の模型を前にして議論がなされた。
企画の趣旨としては世代論を意識させるため、2000年にギャラリー間で行われた「空間から状況へ」展を参照し、ゲストコメンテータに当時そのナビゲータを務めた五十嵐太郎氏を迎え、プレゼンテータには本展示にも出展しているdot architects、SPACESPACE、木村松本、垣内光司の4組が招聘された。
「空間から状況へ」展との分かりやすい比較として、参加者の世代を挙げ、
「空間から状況へ」
最年長:マニュエル・タルディッツ(みかんぐみ)(当時41)
最年少:貝島桃代(アトリエ・ワン)(当時31)
ナビゲータ:五十嵐太郎(当時33)
「AA95」
最年長:乾久美子(41)
最年少:すいません、フォローミス(31)
ナビゲータ:藤村龍至(33)
と、10年という歳月を経て、再び同じ年代が活動を仕掛けたとして、世代論と時代性を意識させる。ところから開始。
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以下プレゼン。
<dot architects>
多種多様な世界が魅力的だという言葉から始まり、
阪神大震災経験、廃墟ではなくコミュニケーション、緩いルールが印象に残り、
複数の主体で設計すること、コミュニーションを結びつけることがテーマとなっている。と述べる。
その中で、コンセプト=物事の差異を省いた共通言語が本来の意味であるが、そうではなく、差異を受け止める受け皿のようなコンセプトで建築を作るということを考え出した。と。
最初に抽象論を決定(form)
formとchaos
カオスが部分、反応
(筆者読解)
これはメタボ的ですね。カオスが可変、コミュニーション自体フォームは不変、受け皿。ただ、他者という視点がもっと直接的にカオスに反映されているし、フォーム自体の作り方にも(3人で決めているので)、他者的主観性が入り込んでいるが。
部分の単純な総和に留まらない全体を目指したとして、締めくくる。
<SPACESPACE>
2006独立
human scapeがテーマ。
<熊本駅西口駅前広場>
コンテクスト;
東が表、西口が裏、スモールスケール
人があまりいない
新幹線が西口に計画→熊本に来て最初に目がいく
解答:
小刻みなプログラムが駐車場周辺に張り付く、疑似路地の創出、いろいろな形の小屋、鉄板で。
葉っぱ型の屋根はサンドイッチパネル。
タクシーの列をレイアウトする、渦巻き白線によって人が並ぶときのデザインと風景を両立させる。ことを意図した。
地方で人が閑散とした状況をなんとかしないと。人がいてもいなくても風景になるデザイン。
<木村松本>
2003年独立。
全く二人で考える。分業しない。思考を共有し続けること。鏡のような存在である。とまずユニット二人の関係を説明。
今までなかったもの、新しいものではなく、その場所はずっと前からあって、無関係から関係を作り出すというスタートがあるらしい。
他人の屋上には入れないが、その屋上の光景を想像させることは可能である、他人の場所を経験させる。懐の深い建築を考えている。
その感覚は共有可能でなければいけない→それを追求していくと、実際と編集の差がなくなる。時間や距離を横断することが可能になるのではないか。→さらに、それは自分だけの地図を作ることへ発展し→それををみんなが持っていたらどうなるのかを考えると、私性から作り出される重層的な風景は確かにある→であるから、無駄なものは一つもないのである。すべてを許容できる経験を誘発したい。らしいです。
<つつじ>
郊外住宅地に建つ住宅。
周囲とほぼ変わらない外形を平面を5度くらい振る、内壁は既存グリッドに平行させる。
もの自体が存在を延長しあっている中にたまたま自分たちが入り込む感覚。を誘発したい。とのこと。
<垣内光司>
彼だけ一人で事務所を立ち上げている。一人だ。逆に新鮮。
<コ・ハナレ>
8平米のハナレ
キーワード
・状況の変化
・身体性
・つながること
以下、反応したこと
・敷地:母屋離れの逆側
・傾斜30度
・森と鳥居、しっかりとした構築物が連続することによって森と対峙する環境を目指した。
・30度に対して門型のフレームが連続。+壁屋根床
・クライアントによる自主施工が前提→20本くらいから4本脚へ
・土地の状況に合わせチューブから箱形へ
・床の断熱は寒くなったらクライアントが張る。
・風致計画から、違法気味なので一つのものでもう一度考えられる。
中庭増築計画。
<展覧会という状況に対し>
身体性=小ささ。小さいことを強調するためにスケールを他の出展作品と合わせたものをいくつか用意し、他の模型と比較させる。
自分の作品を説明しようとしてたら、dotの超並列に参加してしまった。笑
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以下、座談会。
まず藤村氏まとめ。
プレゼ並び順は人数、神戸大阪京都
<キーワード>
dot:超並列
space:ヒューマン
木村松本:編集的な経験
垣内:小さいこと/つながり(メタ超並列)
<空間から展の説明>
巻頭論文:「状況」と「適用」
3つの指摘
1.1960sシチュアシオニストとの比較
2.ユニット派
3.分かりやすく非コンピュータ的
1)シチュアシオニストとの比較
A.消費社会批判、日常生活に置ける状況の構築
B,過激な革命
C.漂流と転用
⇔
A.状況:ex:アトワン
B.古い建築家像を否定ex:FOB
C.資本主義を基本的に肯定ex:みかんぐみ
2)ユニット派
飯島洋一「崩壊の後で」2000.8/JT
アトワン、建築少年、みかんぐみを批判、1995
→五十嵐氏はユニットは世界的にもなされており、ポモ乗り越え運動とも捉えられると擁護。
3)わかりやすく、、、
展覧会のメディアのあり方に高い意識
コンピュータを表現の核にしない、notサイバーアーキテクチャ
都市への介入、西沢環境をリテラルに読み替える
⇔
アプロプリエイト(適用)という言葉を抽出。
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続いて五十嵐氏。まず総評。
全体としてプロセスが語られている。やはり。
<並列且つ有関係性>
割と同時にいろんなものが並んでいてそれらが関係し合っているという世界観を共有。周りにある環境と等価にある。ということを気にする。
⇔ヴェニスの石上、植物や家具や食器を一つ動かすと同時に連携して全体が変わって行く。
空間から状況展、をより追求していた感。
<非コンピュータ的の補足>
=コンピュータがアトリエにも普及したことを強調。
90sサイバーA流行。実際当時はそれが主流。
コンピュータを使いこなしていそうだったけど、実際はそうでもなかったという印象。
画面の中での追求(サイバー)とポモ乗り越えが分離→00年代超えて再融合したのが藤村世代なのでは。という興味深い分析。
<展覧会における主体性>
ギャラ間15周年記念と決定的に違うのは主体性。AA1995は主体的。
ギャラ間は予算も期間も限られていた。実際企画の途中から参加。企画自体はだいたい決まっていた。これやって建築批評に引きづり込まれた。巻き込まれた。受動的。TOTO役員とコミッティ(あんただとか)、上層部との乖離が進んでいる証拠?ぎりぎり藤本フォローくらいで、上の人たちは下の人を知らない。
あと、aa1995は模型は短い時間で大量に。RAJ的。
環境が恵まれていないので自分たちで作るしかないという状況は決定的に違う。とまとめ、一区切り。
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続いて、それに対し藤村氏が補足。
藤村:
・環境コンシャスな立場、並列且つ有関係性
・非コンピュータからコンピュータ(形態→00年代→プロセス)
・展覧会の成立状況
垣内→状況に反応する、展覧会の状況に反応する(空間展でも言われている)、そのときよりも身体性、(ペットアーキテクチャ)にたいし、小さいものを展覧会で作ると大きくなってしまう
spacespace→室内風景論(西沢大良)
dot→みかんぐみ非作家性
と空間展との対応を指摘。
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再び五十嵐氏。プレゼンテータへのコメント。
dotとみかんぐみ。
みかんぐみ、非作家性の時代
建築は作家性が必要であったが、(バブル時代の反応)作家性がでないもの、普通、日常的なものを目指した。たくさんの条件を飲み込むだけで非作家性に。変数が少ないと作家的になる。が、その話はわかるけど、具体的なプロセスはよくわからなかった。
それを具体化したのが、藤村dot。ルールと言語。である。という解釈を提示。
ただ、今回のaa1995展で思ったことは、小さなスペースで方法論を作動させるのは難しい。つまり、共有言語を外部化するのは難しい。とのこと。
特に、西沢立衛の展示は一瞬からっからで衝撃的だった。らしい。遠目でみると何もない。ホワイトキューブにも差異があるよというメッセージ。見えない環境を可視化。微細なランドスケープを顕在化。見過ごしてしまうような細かい要素を言語化して条件化しよう。
世界の観察の仕方の提示。という意味で衝撃的であった。
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また、<00年代>についても言及し、
繰り返すが、空間展はタイトルも参加建築家も決定済みだった。
それを整理してくれ。と頼まれた。だけであると。
2週間ごとに5セット入れ替わるので、2ヶ月半通しての共通展示も、全体把握として必要であった。
よって「都市への介入」という広いキーワードを設定した。
当時は都市に対してそれぞれの方法で提案していた。
また、バブルの直後で、オブジェ指向が強かった。(M2、フィリップスタルク浅草)彫刻的、アート的なものを否定し、
→95以後、違うものを模索した時代であった。
都市に対して強い衝撃を与えるよりは、例えばVoidへの意識(アトワン)や、
既存のものに手を加え関係性をつなげる、みかんぐみ、宮本(メタ的→垣内)
という文脈が主流になった時代であった。と振り返った。
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続いて、藤村氏がそれぞれのプレゼンテータに対し、「空間から」との比較を要求。
家成:
みかんぐみとの関係
非作家性であり、力強い造形を作り出したい。オーセンティックな作家性は求めないけど建築の強度は求める
spacespace:
塚本の影響
プロセスに困った。2週間短期間コンペ。ほぼコンピュータ。ものとしては残っていない。コンピュータ的にやってた。
←藤村フォロー:うずまき身体性を拘束するアーキテクチャをポジティブデザインソースとする。空間から状況のときはあまりソーユー感じはなかったのでは
木村:
世界の観察の仕方
周りとの並列関係のなかでの展示は悪くない。
コンテクストを読み込むことは受け継いでいる。
垣内:
塚本批判から宮本を引き継いでいるのか、宮本に見いだされた、宮本さんには強烈な作家性がある、作家性があるとは思えないので、状況に対してリアクションするか、筋トレ、やり続けることが大事。非強度的強度。
藤村:
メディアにより接続したい、ブログと雑誌をつなげたい。2008年にはよく来てくれたが、2009年になったら雑誌社のライターが来なくなった。書籍ばっか。広告収入のスポンサーの移行(ビッグネーム、環境、わかりやすいキーワード)が原因である。が、ブログという個人メディアを駆使すれば違う形でのメディアの力を創造できる。のでは。
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<鈴木氏感想>
2000以後という枠組み
つながるとうれしいってのが出てきたのが00年代。携帯のcm、じゃあ会いにいけよ、人とつながること自体がうれしくなった。そのためにわざわざ断絶を用意してきた。
断絶のあとでつながり。
そんな中、コミュニケーションのプロセスが変化しているのにも関わらず、0か1。
そうではなく、コミュニケーションはもともとあったじゃないか、ということをプロセスに介入することで明らかにする的な。ことが分かってきた。といった感じか。
筆者追いつけませんでした。
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<五十嵐氏まとめ>
建築はもっとも遅いテクノロジー、古代の形式が今でも使える。
情報環境の読み替え、適用等、新しい状況をわかりやすく反映できるんだが、そうは言っても、実際はものとしてどうしようもなくは立ち上がってしまう。ただ、比喩として「つながっているようで離れている」空間は、藤本平田がやっている。
「原理」(プリンシパル)と「現象」(その場でしか知覚し得ない、もの)に対する興味が目立った。
展示の方法としては中山君は相当不気味。あのスケッチを床置きとは。彼の展示方法はおもろしろい。
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<ラスト藤村氏>
つくることにピントが合っているという意味で、「設計」が大事。あとはメディアに対する運動。運動としての展示会。観客のみなさんが建築家になって「発表」しだすころはもっと展示のための箱がなくなっていくだろう。これまでは東京にメディアが集中していたが、今は個人メディアの対等もあり、運動を立ち上げたもん勝ちである。とにかく運動を立ち上げて巻き込む。というモデルを提示したつもりである。
というわけで、「設計」と「運動」というキーワードで議論をまとめた。
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<感想>
単純に、共感出来る思想(並列的関係性、状況に反応するなど)が多く、時代性なのか、と。
それにしても、相対化する時代、歴史が短くなっているのは気のせいなのか。10年前は既に歴史として捉えられている。
ちなみに、自分の実感を持てる過去は今のところ95年までである。それ以前は全くわからない。95年までは地続き。
そういう時代性を強く意識させてくれたのは非常に有り難い。
