2011年 06月 10日
ローカルダイアローグ02 -オルタナティブ・プラクティス-[前編] |
ローカルダイアローグ二回目は同じく浜松北高校で同級生だった伊藤君と行いました。
法律と都市空間を軸に、「オルタナティブ」について考える機会となりました。
伊藤くんどうも有難う。
[辻→伊藤①](2011年6月2日)
前回の堀内くんと同様、伊藤くんも高校の同級生です。先ごろ司法試験を終えたばかりだそうですが、まず身近なところから、私たちの故郷・浜松についてどのような印象を持っていますか。僕は昨年から浜松で活動していますが、伊藤くんは年に数回程度ですね。東京や他の都市との差異を客観的に把握できているかと思います。
[伊藤→辻①](2011年6月2日)
「私たちの故郷・浜松」について、「どのような印象」をもっているか。
僕は、学部時代は政治学科におり、政治学や政治理論を学んでいました。専門的に特化して学習したわけではありませんが、その勉強の中で得たことは、政治学は、既存の制度や権力を分析し、その作用を分析・客観化する学問であるということです。
そして、大学生時代は、とにかく「自分とは何か、何をしたいのか」を考える必要がありました。誰しもが同じだと思うのですが、社会をサバイヴするために、自分の基本的スタンスを明確にする必要性があったのです。
「自分とは何か」を考えるにあたっては、物事を客観化・相対化して、自分への影響を見極めるという、政治学で学んだ思考方法が有用でした。
さて、このような背景により、まず僕は「故郷」という概念を、「自分とは何か」を考えることとの関連で、批判的に検討することを考えました。「故郷」や「地元」という言葉は、ノスタルジックで耳ざわりがよく、一般的には「故郷や地元に貢献する」ことが「正義」と考えられがちです。
しかし、僕は、本当に浜松が「故郷」として僕に根付いているのかをまず考えました。単なる一般論や初等教育レベルの郷土教育が自分に及ぼしている影響力を相対化して考えたとき、なお浜松に自分のルーツがあると思えるか。
自分が育ってきた街に対して、それなりの愛着を持つことは当然です。なぜなら、自分はそこ以外の土地を知らないからです。じゃあ、そこ以外の土地や都市を知った上で、まだ何か心揺さぶる何かが浜松にあるのかを、僕が生きていくうえで、考える必要があったのです。
それがあって初めて、「地元のために何かやろう」というインセンティブが生まれるからです。
その結果、僕は自分の育った場所だからといって「浜松」をそこまで特別視しなくなり、他の都市と相対的に判断するようになりました。僕が今までそれなりの期間をかけて訪れた地域なんてそれほど多くないのですが、たとえば東京23区、八王子、川崎、静岡、名古屋、松本、金沢、京都、神戸、愛媛、福岡、広島、長崎、鹿児島、熊本などがあるのかなと思います。
この中で、浜松は、特に市街地は、客観的に最も魅力の少ない街のひとつだと思います。人がいない、治安が悪い、商店街が縮小している、無駄にでかいタワーがある、これといって伝統的な町並みがあるわけではない、行っても別にやることはない、いわゆる日系ブラジル人との融和に失敗している、といった具合です。
当然、浜松にも僕が知らない魅力はたくさんあると思います。しかし、無批判に浜松を特別視せず、年に1・2回訪れるか否かの僕にとっては、基本的には魅力は伝わってきません。むしろ、負のオーラが伝わってくるくらいです。
これに対して他の都市は、特に西日本ですが、訪れてすぐにその都市の雰囲気をその訪問者に伝える能力に、浜松よりも長けていると思います。
以上より、僕は、浜松という街に育ててもらったという恩義を特に感じるでもなく、浜松は文化的にも魅力の少ない街、という印象をもっています。浜松で育った者(僕)に対して、「この街のためになにかやろう」というインセンティブを、なかなか与えられない街だと思います。
それにより、基本的に僕は帰属意識から自由であるわけですが。
[辻→伊藤②](2011年6月3日)
なるほど、他の都市、日本と比較した上で、浜松には魅力≒「訪れてすぐにその都市の雰囲気をその訪問者に伝える能力」が相対的に低い、ということ が君の客観的な判断あるということですね。
僕も、一般的な見地からみてそれは正しいと思います。
ただ僕は、昨年のこの時期から浜松に積極的にコミットメントを始め、ざっと知り合いが30人程、しかも他愛もない会話だけではなくある本質的な議論を時にはするような関係の知り合いが増えました。
浜松でのコミュニケーション量は、大学を出た関東よりももはや上に感じられます。という点で僕は浜松に共同性を感じます。それは何故かというとが 一つ地方で活動する意義に直結する点だと思います。ですが、伊藤くんのいうように愛着をもって「故郷や地元に貢献する」というモチベーションは特にはありません。あくまでコミュニケーション密度の量に依ります。それをドライに比較して考えた時、家族や親戚、友人、先輩、後輩、恋人、地元、 大学、国籍、分野、そういう既存の枠組みは全くキャンセルされ、同じ地平でコミットメントの量を選択できるのだと思います。そうしたとき、僕は伊藤くんがいる大田区、堀内くんがいる松山、竹山くんがいるロンドン、仕事仲間がいる浜松という判断を下していると言えます。
ですが、知り合いが誰もいない場所では、その判断は機能しません。
その上で都市空間に目を向けた時に初めて、都市空間自体の客観的な評価が下せます。浜松は、やはり空間としての魅力は劣っていると言わざるを得ないでしょう。それは空き室率の上昇、緑地の少なさ、川が遠い、車優先の道路に代表されますが、もっと言えば、「文化」を感じられないということだ と思います。
伊藤くんはコミュニケーションの量が都市の魅力につながる可能性についてどう思いますか?あるいは都市の魅力を評価するとき、人間と都市空間は切り離されて判断されているのでしょうか。
〔伊藤→辻②〕(2011年6月3日)
浜松に「文化を感じられない」という点は、同感です。コンセプトが伝わってこないのですね。
辻君はじめ、浜松にはコミュニケーションが可能な知り合いが少しだけいます。親などもそうです。このつながりは、僕の場合は今のところ、人と人との関係=点と点との関係性であって、人と都市との関係=点と面との関係性ではないような気がします。
でもそれは単純に、それなりのコミュニケーションがとれる知り合いが少ないからかもしれません。ですから、「コミュニケーションの量が都市の魅力につながる可能性」については、僕個人としては判断が難しいところです。
もっとも、一般論として、コミュニケーションの総量が増大すれば、「都市の魅力」なるものが増大する可能性は大いにあると思います。個々のコミュニケーションは、それが増大するにつれ、ハード面に作用すると思います。我々はコミュニケーションに適した「場」を確保しようとハード面に働きかけるようになると思いますし、より住みよい環境・活動しやすい環境・資本を呼び込みやすい環境・自己表現を可能とする環境・笑って酒を飲める環境等を志向するようになると思うからです。
その先に、文化やコンセプトがあり、既存の文化をどのように再評価していくのか、ということ等があるような気がします。ハードとソフトの相互作用の先に。この辺はかなり政治的な営みになってきますが。
この一般論からは、コミュニケーションの量が都市空間を規定するという面があるといえるかもしれません。
[辻→伊藤③](2011年6月3日)
コミュニケーションを媒介すると、政治と都市を結び付けられるのではないかと
いうことでしょうか。
単純化すると、ソフト→ハードの流れ、つまり仲の良い人間同士がいる密度が相
対的に多い地域にはそれ相応の場が必要である、ということですよね。 でも現
状、日本では空間や形式、制度が仲の良さを決める例がとても多いと思います。
現状では、制度→ハード→ソフトという、大学や高校や職場や過程という制度に決
められた空間に規定された関係性、という具合です。建築家の山本理 顕さんが
空間が使い方や関係性を暴力的に決めてしまう、ある種の洗脳装置として機能し
てしまっていることを指摘されています。
逆に言えば「なんだかよくわからないけど仲の良い」関係性が少ないと思いま
す。現状では上記したソフト→ハードの可能性は、制度の外側の「なんだ かよく
わからないけど仲の良い」関係性の密度が増えてきて初めて要請されるのではな
いでしょうか。僕が浜松に「なんでもない」人間として帰ってき て思うのは、
「なんだかよくわからないけど仲の良い」関係性が割と多く出来てきたというこ
となのです。まちづくり協議会の人や、蕎麦屋さんの旦 那、建築会議で一緒に
なった学生と僕との関係はなんだかよくわからないものです。
伺いたいのは、現状の制度や法律とコミュニケーションとの相互関係と、「なん
だかよくわからないけど仲の良い」関係性が今後増えてきたとして、そ れが制
度や法律に与える影響はどのようなものかという二点です。
[後編へ続く]
法律と都市空間を軸に、「オルタナティブ」について考える機会となりました。
伊藤くんどうも有難う。
[辻→伊藤①](2011年6月2日)
前回の堀内くんと同様、伊藤くんも高校の同級生です。先ごろ司法試験を終えたばかりだそうですが、まず身近なところから、私たちの故郷・浜松についてどのような印象を持っていますか。僕は昨年から浜松で活動していますが、伊藤くんは年に数回程度ですね。東京や他の都市との差異を客観的に把握できているかと思います。
[伊藤→辻①](2011年6月2日)
「私たちの故郷・浜松」について、「どのような印象」をもっているか。
僕は、学部時代は政治学科におり、政治学や政治理論を学んでいました。専門的に特化して学習したわけではありませんが、その勉強の中で得たことは、政治学は、既存の制度や権力を分析し、その作用を分析・客観化する学問であるということです。
そして、大学生時代は、とにかく「自分とは何か、何をしたいのか」を考える必要がありました。誰しもが同じだと思うのですが、社会をサバイヴするために、自分の基本的スタンスを明確にする必要性があったのです。
「自分とは何か」を考えるにあたっては、物事を客観化・相対化して、自分への影響を見極めるという、政治学で学んだ思考方法が有用でした。
さて、このような背景により、まず僕は「故郷」という概念を、「自分とは何か」を考えることとの関連で、批判的に検討することを考えました。「故郷」や「地元」という言葉は、ノスタルジックで耳ざわりがよく、一般的には「故郷や地元に貢献する」ことが「正義」と考えられがちです。
しかし、僕は、本当に浜松が「故郷」として僕に根付いているのかをまず考えました。単なる一般論や初等教育レベルの郷土教育が自分に及ぼしている影響力を相対化して考えたとき、なお浜松に自分のルーツがあると思えるか。
自分が育ってきた街に対して、それなりの愛着を持つことは当然です。なぜなら、自分はそこ以外の土地を知らないからです。じゃあ、そこ以外の土地や都市を知った上で、まだ何か心揺さぶる何かが浜松にあるのかを、僕が生きていくうえで、考える必要があったのです。
それがあって初めて、「地元のために何かやろう」というインセンティブが生まれるからです。
その結果、僕は自分の育った場所だからといって「浜松」をそこまで特別視しなくなり、他の都市と相対的に判断するようになりました。僕が今までそれなりの期間をかけて訪れた地域なんてそれほど多くないのですが、たとえば東京23区、八王子、川崎、静岡、名古屋、松本、金沢、京都、神戸、愛媛、福岡、広島、長崎、鹿児島、熊本などがあるのかなと思います。
この中で、浜松は、特に市街地は、客観的に最も魅力の少ない街のひとつだと思います。人がいない、治安が悪い、商店街が縮小している、無駄にでかいタワーがある、これといって伝統的な町並みがあるわけではない、行っても別にやることはない、いわゆる日系ブラジル人との融和に失敗している、といった具合です。
当然、浜松にも僕が知らない魅力はたくさんあると思います。しかし、無批判に浜松を特別視せず、年に1・2回訪れるか否かの僕にとっては、基本的には魅力は伝わってきません。むしろ、負のオーラが伝わってくるくらいです。
これに対して他の都市は、特に西日本ですが、訪れてすぐにその都市の雰囲気をその訪問者に伝える能力に、浜松よりも長けていると思います。
以上より、僕は、浜松という街に育ててもらったという恩義を特に感じるでもなく、浜松は文化的にも魅力の少ない街、という印象をもっています。浜松で育った者(僕)に対して、「この街のためになにかやろう」というインセンティブを、なかなか与えられない街だと思います。
それにより、基本的に僕は帰属意識から自由であるわけですが。
[辻→伊藤②](2011年6月3日)
なるほど、他の都市、日本と比較した上で、浜松には魅力≒「訪れてすぐにその都市の雰囲気をその訪問者に伝える能力」が相対的に低い、ということ が君の客観的な判断あるということですね。
僕も、一般的な見地からみてそれは正しいと思います。
ただ僕は、昨年のこの時期から浜松に積極的にコミットメントを始め、ざっと知り合いが30人程、しかも他愛もない会話だけではなくある本質的な議論を時にはするような関係の知り合いが増えました。
浜松でのコミュニケーション量は、大学を出た関東よりももはや上に感じられます。という点で僕は浜松に共同性を感じます。それは何故かというとが 一つ地方で活動する意義に直結する点だと思います。ですが、伊藤くんのいうように愛着をもって「故郷や地元に貢献する」というモチベーションは特にはありません。あくまでコミュニケーション密度の量に依ります。それをドライに比較して考えた時、家族や親戚、友人、先輩、後輩、恋人、地元、 大学、国籍、分野、そういう既存の枠組みは全くキャンセルされ、同じ地平でコミットメントの量を選択できるのだと思います。そうしたとき、僕は伊藤くんがいる大田区、堀内くんがいる松山、竹山くんがいるロンドン、仕事仲間がいる浜松という判断を下していると言えます。
ですが、知り合いが誰もいない場所では、その判断は機能しません。
その上で都市空間に目を向けた時に初めて、都市空間自体の客観的な評価が下せます。浜松は、やはり空間としての魅力は劣っていると言わざるを得ないでしょう。それは空き室率の上昇、緑地の少なさ、川が遠い、車優先の道路に代表されますが、もっと言えば、「文化」を感じられないということだ と思います。
伊藤くんはコミュニケーションの量が都市の魅力につながる可能性についてどう思いますか?あるいは都市の魅力を評価するとき、人間と都市空間は切り離されて判断されているのでしょうか。
〔伊藤→辻②〕(2011年6月3日)
浜松に「文化を感じられない」という点は、同感です。コンセプトが伝わってこないのですね。
辻君はじめ、浜松にはコミュニケーションが可能な知り合いが少しだけいます。親などもそうです。このつながりは、僕の場合は今のところ、人と人との関係=点と点との関係性であって、人と都市との関係=点と面との関係性ではないような気がします。
でもそれは単純に、それなりのコミュニケーションがとれる知り合いが少ないからかもしれません。ですから、「コミュニケーションの量が都市の魅力につながる可能性」については、僕個人としては判断が難しいところです。
もっとも、一般論として、コミュニケーションの総量が増大すれば、「都市の魅力」なるものが増大する可能性は大いにあると思います。個々のコミュニケーションは、それが増大するにつれ、ハード面に作用すると思います。我々はコミュニケーションに適した「場」を確保しようとハード面に働きかけるようになると思いますし、より住みよい環境・活動しやすい環境・資本を呼び込みやすい環境・自己表現を可能とする環境・笑って酒を飲める環境等を志向するようになると思うからです。
その先に、文化やコンセプトがあり、既存の文化をどのように再評価していくのか、ということ等があるような気がします。ハードとソフトの相互作用の先に。この辺はかなり政治的な営みになってきますが。
この一般論からは、コミュニケーションの量が都市空間を規定するという面があるといえるかもしれません。
[辻→伊藤③](2011年6月3日)
コミュニケーションを媒介すると、政治と都市を結び付けられるのではないかと
いうことでしょうか。
単純化すると、ソフト→ハードの流れ、つまり仲の良い人間同士がいる密度が相
対的に多い地域にはそれ相応の場が必要である、ということですよね。 でも現
状、日本では空間や形式、制度が仲の良さを決める例がとても多いと思います。
現状では、制度→ハード→ソフトという、大学や高校や職場や過程という制度に決
められた空間に規定された関係性、という具合です。建築家の山本理 顕さんが
空間が使い方や関係性を暴力的に決めてしまう、ある種の洗脳装置として機能し
てしまっていることを指摘されています。
逆に言えば「なんだかよくわからないけど仲の良い」関係性が少ないと思いま
す。現状では上記したソフト→ハードの可能性は、制度の外側の「なんだ かよく
わからないけど仲の良い」関係性の密度が増えてきて初めて要請されるのではな
いでしょうか。僕が浜松に「なんでもない」人間として帰ってき て思うのは、
「なんだかよくわからないけど仲の良い」関係性が割と多く出来てきたというこ
となのです。まちづくり協議会の人や、蕎麦屋さんの旦 那、建築会議で一緒に
なった学生と僕との関係はなんだかよくわからないものです。
伺いたいのは、現状の制度や法律とコミュニケーションとの相互関係と、「なん
だかよくわからないけど仲の良い」関係性が今後増えてきたとして、そ れが制
度や法律に与える影響はどのようなものかという二点です。
[後編へ続く]
by tsujitakuma
| 2011-06-10 02:09
| essay