第二回都市の現象学レポート-時間の現象、都市空間の更新-「リサーチの振れ幅を超えて」 |
-時間の現象、都市空間の更新-

第二回目となる都市の現象学は、講師に東京大学新領域の田所雄大氏、東京工業大学の亀井聡氏を迎え、「時間の現象、都市空間の更新」をテーマに日本でも有数の研究機関でもある東大、東工大での自身の研究活動を中心に発表して頂いた。
二人とも都市の読み取りと評価を研究テーマに据え、且つ、日本の都市空間は短い周期で更新していくということを前提にしながら、全く異なるアプローチをとっている点が興味深く、先週のRADのリサーチで挙げられた定量的、定性的の分脈に沿う形で発表と議論が進んだ。
まずは田所氏から。
彼は僕の大学時代の同級生で、403 architectureの一員でもあるが、彼の専攻である「空間経済学」という響きと朧気ながら聞いていたリサーチ内容に興味があり今回ゲストとして浜松に誘ったわけである。
研究テーマは「宅地の更新に影響を与える街区構造」。
卒業設計時に木造密集市街地再編の提案をしたことがきっかけで宅地構造の転換に興味を持っていたという。
その木密への興味が大学院で引き継がれ、空間経済学と掛け合わさって今回の研究が生まれることになる。
仮説を証明する、ということが研究だとすれば、彼の研究における「証明」の部分よりも「仮説」の部分を紹介したほうが圧倒的に意図は伝わるだろうから、仮説をひとまず紹介したい。
仮説1 世代ごとの人口増減と都市空間(容積率変動)には相関関係がある
仮説2 都市空間(容積率変動)と一つの敷地の変数(間口、前面道路幅員、接空き地面積)にも相関関係がある
ということで、結論は
・狭い道路に囲まれて間口が狭い街区は建替えが行いにくく、且つ若い世代が流入しにくい→高齢化、人口減少につながる
・広い道路に囲まれて間口が広い街区は建替えが活発に起こり、且つ若い世代が流入しやすい→人口増加
成果としては
・宅地の更新可能性を定量的に把握できるようになった。(この街区は成長しないんじゃないか、ここは成長しやすいのではないかということが分かるということ。)
を挙げている。
以上の仮説→結論の中で彼の研究はいくつか論理の断絶とジャンプがある。
そのジャンプの跡が「証明」で見受けられた。
具体的な計算内容は割愛させて頂くが、証明の過程を簡単に説明しよう。
まず調査範囲を東京23区の2500の町に設定し、その人口増減と都市空間の相関関係を分析し、統計学的に相関関係を導く。その際、人口は既に定量化されているが、都市空間は定量化出来ていない。そのため、都市空間を道路幅、街区面積、街区内建物数、容積率、建ぺい率の各変数に分解し、再計算をかけている。誤解を恐れずにいえば、この空間の定量化は彼の恣意性によって成立しているといっても過言ではないだろう。むしろこの計算の選択こそ彼の創造性である。
特筆すべきは、超膨大なデータベースをGISによって処理し、空間質を定量化(数値化)するための複雑な計算の設定とその情報処理をたった一人で行ったことである。前回のRADのリサーチでは定量リサーチは国家レベルのプロジェクトと抱き合わせで紹介されることが多かったが、田所氏のそれは一つの大学院の修士論文なのである。扱っている情報の総量自体はむしろ田所くんの研究の方が多いのではないか。
以上のように田所くんの研究は圧倒的にマクロで数字で埋め尽くされていてデスクワークで成り立っていて、RADの言葉を借りれば「定量的である」と言えるであろう。ただ彼の研究の中にも定性的≒恣意的な部分はあって、それが都市空間を定量的に記述するときのジャンプに現れているのである。
対して、亀井氏である。
亀井氏はメイドイントーキョーなど、定性的リサーチで有名な「アトリエ・ワン」の塚本由晴氏の研究室出身であり、研究内容も田所氏と正反対とも言えるガッツ溢れる内容であった。
亀井氏の発表は自身の卒業論文と修士論文の二つの研究から構成されていて、前者は金沢の街並みにおける町屋の構え(ファサード)の類推分析。後者は全国の地場産業を持つ10箇所の地方都市での産業と建築空間の関係を分析した「地場産業の変容からみた街の空間構成」で、どちらも地方都市の都市空間構成と伝統との関係を扱っている。
デスクワークがほとんどだった田所氏の対数字格闘的研究に対して、亀井氏はほとんどが肉体労働である。表面的な印象では統計学的、マクロ、デスクワーク、定性的の田所氏に対して、観察学的、ミクロ、フィールドワーク、定量的という風に両者は対極に位置づけることができるであろう。
亀井氏によると、金沢では3ヶ月間其の場所に住み、毎日毎日1500軒の町屋のファサードを撮り続けたとのこと。その膨大なファサード画像の平面構成を頂部から底部まで5部分に分割し、町屋の世代や都市計画、条例などと比較し、類型化していった。
続いて、修士論文「地場産業の変容からみた街の空間構成」の発表。全国に散らばる10箇所を三日間ずつ滞在し、生産施設を調べていく。その施設の形態や立地とインフラ整備史、生産技術史、等の社会状況とを比較し、相関関係を捉えていった。
地場産業がつくってきた構造が街の自立性として働くことによって、あるいは、これまで街を作ってきた力がなんだったのかということを捉えることによって、ものづくりが原動力として様々な形で関係しながら、地方都市に現れているのではないかという結論で発表を終えた。
「新しいものづくりとまちづくりの関係を考えていければ、中心市街地の活性化にもつながっていけるのではないかと思います。」という亀井氏の言葉には勇気づけられた。
亀井氏の、というかアトリエ・ワンのリサーチの態度は一貫している。とにかく定性的なものを圧倒的な量で補完し、リサーチの客観性=定量性を無理矢理担保するということに尽きる。亀井氏のプレゼンテーションでその膨大な写真データを扱っている現場写真や一人グーグルストリートビュー的なプレゼンテーションからもその圧倒的な量は実感できた。
さて、ここでRADに習って、対極に位置づけられる両者の共通項を探っていこう。
筆者が予測するにそれは彼らが駆使したデータの総量ではないか。
というのも、田所氏のGISデータ(テキストデータ)の総量と、亀井氏の画像データの総量を比較すると案外同じくらいかもしれない、ということである。
それくらいのデータ量、をどちらも一人で捌いている(亀井氏は画像処理、田所氏はGISによって)点、現代のコンピュータ技術力をまざまざと見せつけられる。
圧倒的な量を一人が捌く、ということは現代リサーチの一つの特徴だろう。
リサーチが個人化している、リサーチのアクセシビリティは明らかに建築よりも高くなっているはずである。
それはもう様々な分野での現在性に概念や技術へのアクセシビリティの向上が見受けられるが、建築においては、建築設計よりも都市リサーチにその流れが一足先に来ていると言える。
建築家が特に疲弊した地方都市でできること、に現時点では都市リサーチはかなりの有効性を持っているはずである。
何しろ地方は専門見地の人手が足りない。
その、コンピュータを積極的に取り込んだアクセシビリティの高さと、まちづくりへの応用を以てして建築家の地方都市社会への接続は可能になる、今回の講義はそのような理想像を提示できるきっかけになったのではないかと感じている。
ともあれ、講師として参加してくださったお二人、どうも有難うございました。
次回は、2/25(金)、浜松信用金庫板屋町支店にて、アラキササキアーキテクツの佐々木高之氏、FUTURE STUDIOの小川文象氏を迎え、「地方都市の現象、その役割」をお送りする。
ご期待されたい。